〈はじめに〉
スタジオpablo代表の秋山です。
弊社ブログにお越しいただき
ありがとうございます。
今回は特別回です!
なんと弊社で担当させていただいた
TVアニメ『さよならララ』 の監督 小出さんにブログを書いていただきました!
ものすごいボリューム感なので
ゆっくりじっくりお楽しみください!!
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こんにちは!
『さよならララ』監督の小出卓史です。
この度はなんと、「ぱぶろのぶろぐ」へ記事を寄稿させていただいております。
やったー!!
私は以前から「ぱぶろのぶろぐ」を拝見しておりまして、「いつか記事を書きたい」と、パブロ代表の秋山さんに我儘を言っておりました。
しかし実現してしまうと、それはそれで疑問が。
パブロの所属でも何でもない私が、本当に書いて大丈夫ですか….?
……などと、恐る恐るではありますが。
本日は私の目線から「思い出深いカット」を挙げつつ、パブロさんや美術監督の藤野さんのお仕事をご紹介できればと思います。
よろしくお願いいたします!
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2022年の冬。私は『さよならララ』の企画を進めていました。
およそ1年半、作品の様相が定まり切らないまま苦しんでいた企画が、少しずつ輪郭を帯び始めていました頃です。企画書を作り、構成を始め….いよいよ、「画面をどう作るか」という段階にさしかかっていました。
そして、これから作品が動き始めるぞ!というとき、私たちは真っ先にスタジオPabloさん(以下パブロさん)にお声掛けをしました。この作品には、パブロさんが得意とする「手描き感のある美術」が必ず必要になる、と考えたからです。
そこで、以前に副監督を担当した作品『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』でご一緒した秋山さんと、改めてお話しする機会をいただき、美術監督として藤野真里さんをご紹介いただきました。
これは、とても幸運な出会いだったと思います。
上記は本作のパイロットムービーで使用したカットです。作品制作の中でも最初期に制作いただいたカットとして、とても記憶に残っています。
「綺麗すぎる田舎にしたくない」
「アスファルトの舗装や、電柱の傷・汚れを絵のリズムにしてほしい」
「セルに負けない位鮮やかで、コントラストのある美術が欲しい」
……といった内容を発注させていただいた中で、ここまでうまくまとめ上げてくださるのか、と感動した記憶があります。パッチワークのように組み合わされたアスファルトが、田舎道を素敵に表現しています。
こういったルックがあれば『さよならララ』が作れるに違いない、と希望が持てたカットでもありました。
そして作品制作はシリーズ本編へと進んでいきます。
上記は、作品本編の第一話。序盤にあらわれる「誕生の間」のカットです。
『人魚姫』というファンタジー世界を表す上で、美術は、その作品が到達できる「深度」を決定づける部分があると考えています。そうした中で、こちらも第一話の序盤に上げていただいたカットの一つです。
黒に染まる「外側」の世界と、鮮やかな「内側」の世界。そこには、はっきりとしたコントラストが見て取れます。
「暗闇」をしっかりと描くことは、世界を表現するうえで、私にとって極めて重要なことです。そうした世界がしっかりと描写されていることに、大変喜んだ記憶があります。
しかし、この第一話。さまざまな場所、部屋、世界が描かれ、美術としては大変難航した話数なのではないでしょうか……その節は、大変ご迷惑をおかけしました!
そして続く第二話からは、うってかわって「滋賀の世界」を描く話数となります。
この家と家の狭さ。アスファルトの舗装の具合。立ち並ぶ家屋の雰囲気。
滋賀を感じずにはいられません。
何故でしょう。このカットは自分にとって、特に「滋賀感」を強く感じるカットなのです。パイロットムービー制作でも試した「田舎感」が、ここで結実したように思い、とても嬉しく感じた記憶があります。
ちなみに、この記事では1話数につきひとつだけカットを選ぶようにしているのですが、紹介したいカットがたくさんあり、選びきれません!!
次は、「大津茉里」を描く第三話で登場した、素敵な高架下のシーンです。茉里は丸い光のコントラストの中に浮かび上がり、まるでスポットライトで照らされているようにも見えます。
しかし私個人としては、発注時はここまでの強い「くっきり感」は想定していなかったのです。
『さよならララ』とは何か。自分としては、「作品世界の中にカメラがあり、彼らを記録している」イメージを持って制作しておりました。しかしその一方で、作品のルックの方向性としては、「鮮やかに、くっきりと、線を強調する!」とも掲げていました。
実はその両者には、少し相反する部分があります。監督である自分の頭の中でも、しばしば矛盾を起こしてしまうのです。
しかし、美術サイドからこういった上がりをいただくおかげで、自分の持っていた過度にリアリスティックなイメージを、度々引き戻してもらうことができました。
不思議なもので、自分が掲げたテーマを引き継いだスタッフによって、今度は自分自身を正してもらえることがあるんです。
作品は監督のものだけではない、という話でもありますね。
自分としては、アニメのコアスタッフにあたる人々に必要なのは、単に「発注通りに上げる」ことではなく、「より作品の軸に近づいた仕事」をすることだと思っています。
私自身、監督の立場ではありますが、美術上がりをいただくことで「作品の軸」を思い出させてもらう気持ちになったり……そういうことがよくありました。
突然ですが、「手描きによって描かれた、直線的な建造物」って素敵だと思うんです。
作品の毛色は違いますが、同じくパブロさんが手がけた『ACCA13区監察課』を見たときにも、そうしたことを感じました。そして、自分もいつかパブロさんとお仕事ができるなら、こういった建造物のカットを作りたいと考えていました。
青い空のなかに映える、直線的な屋根や梯子、貯水槽。それらが構図を作っています。そして、デジタル美術ではなかなか再現できない、手描きならではの小さなゆらぎが、この美術のアクセントになっていると思います。
こういった美術は、「長く映したく」なるんです。そして、「長く映す」ということ自体が、この話数の演出方針にとても合う。
パブロさんの美術あっての第四話でした。
第五話も、紹介したいカットばかり。レイアウト的な「嘘」を多用する演出の廣江さんの原図と、パブロさんの美術の相性の良さも感じた話数でした。
こちらは、「短剣」が橋にぶつかってしまうという奇想的なカットです。画面上部のような印象的な「紫」の使い方は、私のイメージにもなかったもので、BGを上げていただいたときにハッとした記憶があります。
実景的な処理ではなく、イメージ的な「絵」に仕上げていただいたこちらの美術は、Aパートのラストカットとして、非常に強いインパクトを持っています。そしてそれだけではなく、「強い青の世界」へと向かう作品のイメージをも、強調しているように感じます。
さらに言うと、空面と湖面の描写の違いも素晴らしいですね。
パブロさんに美術をお願いできるなら、是非描写してみたかった、「冬と雪」!過去と現在を跨ぐ第六話だからこそ実現できたカットです。
立ち並ぶ墓のリズムが、(本編では中心に立っている)リサとコータを浮かび上がらせ、象徴的な意味を帯びた画面を作っています。擁壁を越えた画面奥の描写は、水墨画のように滲んでいて、余白の美を感じさせます。
このカットも、「何秒でも」映したくなる!
お墓っていいよね。
こちらは第七話から。「ハーモニー処理」を施したカットです!
※ハーモニー処理とは※ 通常、アニメの画面は、美術素材とセル素材を組み合わせて作られます。「グラデーション的な濃淡のある美術」と、「単色塗りを基本とするセル」を組み合わせる、というのが基本的なスタイルです。
しかし、そうしたセル素材の上から「美術のタッチ」を描き加えることで、セルにも美術的な質感を与える方法があります。それが、上記のような「ハーモニー処理」と呼ばれるものです。
『さよならララ』で特徴的な「太い線」と「ハーモニー処理の質感」が相乗効果を生み、存在感と実在感の双方が魅力的に立つカットだと感じました。非常にうまくいったハーモニー処理の例ではないでしょうか!
第七話はルカのアトリエなども登場し、ご紹介したい美術もたくさんあるのですが…
やはり選びきれません!!
第八話からはこちらのカット!
本作の中でもかなり珍しい、淡い色使いです。青に染まった静かなトーンが場面の雰囲気を表現しています。このシーンは原図も素晴らしいですね。
少ないカット数で印象的な場面を作る際に、「トーンに染まった画面」をつくる、というのはアニメ演出家の常套手段です。しかし、「トーンに染める」ということ一つとっても、美術の品質次第では、狙った効果が十分に得られないことがあります。
そういう意味では、パブロさんの美術を信じていたからこそ作ることができたシーンでもある、と言えるかもしれません。
(細かな話ですが、「雪」そのものも美術で作ったものを降らせています)
こちらは第九話から。第一話以来、久々に実景に「青い空」を登場させたカットです。
歩道橋や木々は昼間の光源を受けたかのように「実景らしい」のに、空の色のみが「イメージ」である。これは、コラージュ的な組み合わせと言えるかもしれません。シーン一連を通して、少しシュールな感覚を呼び覚まされますね。
空の色がマットでありつつも、質感をもって見えるのは「手描き美術」の美点だと感じます。「ただの色面ではない」という要素が、シーンの異化効果をさらに際立たせています。
第十話は、さまざまな表現が登場する話数です。特筆して取り上げたいカットばかりなのですが、今回はこちらを選定しました。
この話数では、こういった「白いもや」をもつ画面を多用しています。ララや茉里といったキャラクターの内面にフォーカスする話数にするため、特殊処理を増やすという戦略をとった結果です。
更に言うと、こうした表現を用いることで、「壁をぶち抜いた場所」にも気軽にカメラを置くことができます。そして遠くから望遠で抜くことで、奥から手前まで、存在感が「等価」な画面を作ることができるのです。
本作のマットな質感の美術の質感も相まって、茉里の存在のみが強調された、良いカットになったなと思います。
第十一話の一部のシーンでは、十九世紀の小説『ウンディーネ』の世界観を表現するために「絵本の挿絵のような」描写を用いるという、本作でも珍しい表現方法を採用しています。
白い描線によって「塊」として表現された花々が美しく映えて見えます。近くから遠くまで白いリズムによって区切られた草原が、その表現によって花々の印象をより高めています。
グレイスはこの沢山の花々を見て、どのように感じたのでしょうか?
そして、、、最後に最終話です!
本作品の集大成の一つでもある、と言えるカットです。
頭上に下がった短剣には、いつもとは異なり「柄」が付いています。まるで漫画の効果線のような強い「描線」の光が差し込み、赤いサンゴが空高く聳えています。
要素的としては複雑なカットですが、キャラクターに目が向くように調整されている部分に、美術さまの仕事の丁寧さを感じます。
本作でも随一の奇想的画面と言えますが、美しくも恐ろしく描写することができたのは、何をもっても美術さまの力によるものです。
改めて、ありがとうございました….
と言いつつ、最終話はやはり、もう一カットだけ挙げたい!
私自身、通学・通勤に何度も乗ったJR瀬田駅のホーム。
その線路の先にララが遠ざかっていきます。
茉里は線状に伸びた影を越え、その行き止まりには「欠損した十字架」のように電灯が聳えています。その意味については述べませんが…
仕上がりの良さは言うまでもありません。そして、自分にとって大きな想い入れのあるカットです。
厳密にはラストカットではないものの、美術的な意味合いとしては、本シリーズのラストカットである、と思います。
最後と言いつつ、OPからも1カット挙げさせていただきたい!
OPはどのカットも素晴らしいのですが、こちらのラストカットを。
まさしく『さよならララ』を象徴するカットです。
スタジオPablo様、秋山様、藤野様、そして皆さま。
素晴らしいお仕事をしていただいて、本当にありがとうございました!!
小出
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〈あとがき〉
ものすごいエネルギーに溢れた記事でしたね
最後まで読んでいただいた皆様、ありがとうございました!
小出さんとは10年ほどお付き合いがあります。
出会った当初からものすごい技術と熱量の方で
常に圧倒され続けてきました。
ララの制作当初から弊社ブログへの執筆をご希望されていまして
嬉しいご提案でしたが、社交辞令と受け止めて忘れていましたが
最終話の制作終了後
再び打診をいただき、実現に至りました。
いただいた原稿を拝見して
予想を遥かに超える密度の濃い内容とボリュームに驚きました。
特に背景美術に対する造詣の深さには恐れ入りました。
こんな方とお仕事をご一緒できたことは
大変幸せだったと思っています。
当ブログは15年ほど継続していますが
弊社関係者以外でブログを書いていただいたのは初めてです。
今回 このようなブログが実現できたこと
大変嬉しく思っています。
小出監督、森山プロデューサーはじめ
関係者の皆様、暖かく応援してくださった視聴者の皆様
そして
美術監督の藤野さんはじめ、背景美術を担当した弊社背景マンのみなさん
難しい要求に応えていただいた外部スタッフの皆様
ありがとうございました。
スタジオpablo 秋山




